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2014年8月号 月刊「レコード芸術」誌

飯野明日香 Le Parfum de Futur vol.13「二つの響き」

2014年5月号 月刊「音楽の友」誌

飯野明日香 Le Parfum de Futur vol.13「二つの響き」

フォルテピアノと現代ピアノによる「2つの響き」のリサイタル。古典4曲、現代9曲という欲張ったプログラムだ。モーツァルト、ハイドン、シューベルト、ベートーヴェンはフォルテピアノで演奏。フォルテピアノの幽けき響き、やや鄙びた響き、そして早いパッセージでは玉を転がすような輝きを示した。モーツァルトはややロマンティックな演奏でインマゼールを想わせる。

現代曲になると魚が水を得たように躍動感に満ちた響きとなる。フォルテピアノでもそうだが、飯野の演奏の特徴は響きの美しさと素早く連動する音たちを実にクリアに出すことだ。タンギーの曲では鍵盤上を暴れ回るが如き凄い技を示す。ペソンの最高音部の連打で始まる曲など、眼(耳)を見張るような高音の美しさを見事に示した。荒々しさ、優しい響きの旋律、穏やかな気分、超絶的な技巧、それら全てが様々な曲の中でそれぞれ飛翔する。飯野は音色の濃淡、デュナーミクの漸次的、あるいは極端な変化など、明らかに表現が多彩になり、一歩前進した深みを増している。(3月18日 東京文化会館〈小〉)〈佐野光司氏〉

2012年2月号 月刊「音楽の友」誌

「コンサート・ベストテン2011」に選出

2012年1月号 月刊「音楽現代」誌

飯野明日香/一柳慧のピアノ音楽第一章

近現代の音楽史を総覧するテーマ性のあるプログラミングが魅力のピアニスト飯野明日香。今回は一柳慧のピアノ曲とそれを取り巻く幾つかの作品、つまりフェルドマン≪垂直の思考4≫のフラクタルな音色の拡がり、アダムズ≪中国の門≫のミニマリズム、ケージ≪かくて大地はふたたび≫のプリペアド、カウエル≪エオリアンハープ≫の美麗なる内部奏法、クラム≪マクロコスモス第2巻≫のグラフィカルな円形楽譜等を呼び水の如く巧みに配置。一柳曲は≪ピアノメディア≫の19世紀的解釈によるロマンティックで官能さえ薫る演奏が発想の転換で楽しめた。≪限りなき湧水≫、≪インメモリーオブジョンケージ≫、≪ピアノ音楽第2番≫、≪雲の表情Ⅹ≫等を上記曲群と関連して聴く面白み。そして、最後には一柳慧本人を奏者に迎えての2台ピアノ版≪パガニーニ・パーソナル≫の本人編曲初演。ピアニズムも最大に刺激する編曲で2台ピアノのレパートリー誕生。来年の企画にも期待大だ。(10月9日 東京文化会館)〈西耕一氏〉

2011年12月号 月刊「音楽の友」誌

一柳慧を中心に、フェルドマン、アダムズ、ケージ、カウエル、クラムなど、多彩なアメリカの顔ぶれを交えた11曲のリサイタル。飯野の音は従来から透明度が高いのが特徴だったが、今回はそれに深みと幅を増した。一柳≪限りなき湧水≫ (90)の第一音が鳴った瞬間に、その音の深さに惹き込まれた。きわめて技巧的であるだけでなく、音楽的にも非常に秀れた傑作だ。フェルドマンやアダムズは音の美で聴かせる。近年これほど美しいピアノの音は稀にしかない。飯野の成長というべきであろう。かつて針金のように強靱で厳しい音だったものが、幅と深みを増すことによって、音色が豊かになり、また一音一音が美しい連続となった。一柳≪雲の表情≫ (99)では、その曲の構成力を明確に示す演奏だった。もし音と音の間に、いま一つ間の取り方の余裕があれば、真に大輪の演奏となる。最後の、一柳と共演した2台ピアノの《パガニーニ・パーソナル》はマリンバ曲のピアノ版というより、もはやこれは新しい創作といえる。響き、音色の多彩な、しかもテクニカルな音楽となっている。今後ももっと弾かれてよい作品である。(10月9日 東京文化会館〈小〉)〈佐野光司氏〉

2011年2月号 月刊「音楽の友」誌

「コンサート・ベストテン2010」に選出

2011年1月号 月刊「音楽現代」誌

飯野明日香 le Parfum de Futur vol.8 la serie de recital de piano

パリやベルギーで学んだ飯野は、2005年からリサイタルシリーズを行い、フランスと日本の現代曲を中心に多角的で広がりのあるプログラミングを行っている。2010年に中島健蔵音楽賞も受賞。今回は「メシアンとその影響」と題しての会。ミュライユがメシアンを追悼して書いた《別離の鐘、微笑み》が幕開けを飾る。1920年代生まれの門下3人はブーレーズ《12のノタシオン》、シュトックハウゼン《ピアノ曲VとVIII》、ジョラス《ポストリュード》までメシアン門下の知性の結晶を聴く。35歳でパリ音楽院学長になったマントヴァーニ《明暗のための練習曲》、デュサパン《練習曲第2番》、委嘱初演は金子仁美《中世から》。音響陰影で描く風合は演奏共に見事!メシアンは《「幼子イエズスに注ぐ20のまなざし」よりVI、VII、VIII、X 》、《ポール・デュカスの墓のための小品》。確かな技術と力強いタッチ、音楽への熱い想いが溢れる真摯な演奏であった。(9月23日 東京オペラシティリサイタルホール)〈西耕一氏〉

2010年11月号 月刊「音楽の友」誌

飯野明日香のリサイタルは、いつもずっしりとした音の満腹感を覚える。それは単に曲数が多いという問題ではなく、演奏内容の濃さ、曲の面白さによるものだ。今回もメシアンを中心として、ミュライユ、ブーレーズ、シュトックハウゼン、そして金子仁美への委嘱曲等全10作品が演奏され、また聴く機会の少ないB・マントヴァーニ、P・デュサパンなど、楽しく聴かせた。飯野の演奏は音色彩ヘの細心な配慮を基本として、正確なタッチ、微細なニュアンス付け、デュナーミクの対比の大きさに特徴がある。メシアンの演奏は掌中のものとしており、最後の《20のまなざし》からの3曲はその超絶技巧の披露で聴き手を圧倒した。金子仁美《中世から》は冒頭の延々と下行和音的な音響に始まり、様々な音響場面を巧みに構成した優れた作品だ。マントヴァーニは若干35歳で本年8月にパリ音楽院の学長となった英才で、《明暗のための練習曲》は小曲だが今日的な瑞々しい感性の音楽である。(9月23日 東京オペラシティ〈小〉)〈佐野光司氏〉

2010年3月29日(月)「日本経済新聞」紙

現代音楽に貢献した「中島健蔵音楽賞」に幕

日本の現代音楽の振興に貢献してきた「中島健蔵音楽賞」が2009年度の第28回を最後に終了した。仏文学者で日中友好にも尽力した中島は、一方で音楽愛好家でもあり、音楽評論家の野村光一や吉田秀和らとのラジオでの音楽時評はクラシックファンに今も語り継がれている。1979年に他界すると夫人が私財をもとに基金を作り、82年度から賞を設立。作曲家、演奏家はもちろんサントリーホールを設立した佐治敬三ら、音楽文化に多大な貢献をした人物まで幅広く賞を贈ってきた。終了の要因は基金が底をついたことと、中島の遺志を継いだ運営委員の高齢化。今年80歳になる諸井誠運営委員長は「そのうちまた、新しい人たちが新しい賞を作ってくれるといい」と語る。今月発表された最後の受賞者は作曲家の中川俊郎、藤倉大、ピアニストの松山元、飯野明日香。加えて特別賞にグラフィックデザイナーの杉浦康平。レコードジャケットなどで現代音楽と深くかかわってきた杉浦は、この賞にも無報酬で表彰楯を提供してきた。最後にその楯を自ら受けることに。89年度に受賞した作曲家の西村朗は「選考委員を知ってびっくりした覚えがある。音楽の世界の本当の目利きが選ぶ賞だった」と振り返る。

2010年2月号 月刊「音楽の友」誌

「コンサート・ベストテン2009」に選出

2009年12月号 月刊「音楽の友」誌

飯野明日香は今日、現代音楽における若手ピアニストとして最も将来を嘱望される演奏家の一人。今回は8人の作曲家、13曲という盛りだくさんの贅沢な演奏会であったが、全体に阿修羅のように運動するピアノ・テクニックと、美しい響きの豊饒さに圧倒された。まず第1曲のティエリー・エスケシュ《二重の遊び》(01)において、響きのクリアな美しさと、素早い音運動への高度なテクニックで聴き手を惹きつける。2曲目は一変して湯浅譲二《静の時間》の音楽《内触角的宇宙1》(57)と、プログラムにも内容の対照性を強く持たせる。また一柳慧《雲の表情》からの3曲は、動・静・動の構成を成し、その音楽的時間を作るのに成功。委嘱初演の夏田昌和《ガムラフォニー2》は右手と左手にそれぞれ異なったガムランのリズムを奏させるという難解なもの。複雑なリズムが生み出すトータルな響きに特徴があり、後半のゆったりとした部分にガムラン音階的モティーフが浮き上がるところに面白みがある。しかし音楽の変化の過程にいま一つ多様化が欲しい。前半がやや単調になってしまうのだ。当夜の話題は今年京都賞のために来日するブーレーズ「ピアノ・ソナタ第3番」(57)の全曲演奏だ。全曲を演奏会でやった人は、おそらく日本では初めてか、もう一人いるかどうかではなかろうか。この曲はシュトックハウゼン「ピアノ曲XI」と並んで、戦後の音楽史に大きな影響を与えた作品であり、飯野は1月にシュトックハウゼンを演奏しているので、これで双方をやり遂げたことになる。ブーレーズの作品は当時を反映して点描的ではあるが、飯野は緊張を絶やすことなく音楽的持続を見事に作った。(10月30日 東京オペラシティ〈小〉)〈佐野光司氏〉

2009年4月号 月刊「音楽の友」誌

「メシアンとその周辺2」と題した飯野のリサイタルは、4曲のメシアンの他、武満徹、O・ナッセン、シュトックハウゼン、夏田昌和、一柳慧、ケージ等、全10曲を含むきわめて意欲的な演奏会であり、また彼女の技量の凄味に圧倒された一夜であった。最初のメシアン《鳥のカタログ》の《コウライウグイス》ではやや固さがあったが、《ロンド》を軽やかにこなしたあたりから本領を発揮し始めた。《リズムの4つのエチュード》の《火の島I、II》の難曲を、いとも安々とこなした技量は彼女の力量とし評価できる。彼女の演奏の特徴は一言で云えば、阿修羅のごとく鍵盤上を駆けめぐる音運動の圧倒的な迫力と、一方に正反対の静の音楽における微妙な音色彩の彩色の豊かさにある。例えば武満徹の《雨の樹 素描II》における多彩な色彩の陰翳の描出に成功しており、単なるテクニシャンではないことを証していた。それは夏田昌和の《波~壇の浦》やケージの《ある風景の中で》といった静の音楽における、限りなく美しい響きと繊細なニュアンスの描出においても云えよう。夏田の作品では、音たちは軽やかに舞うかのようであった。一方シュトックハウゼン《ピアノ曲11》や一柳の《タイム・シークエンス》では聴き手はただ圧倒的な音のシャワーを浴びたかのように降り注ぐ音たちに包まれた。最後のメシアンの《20の眼差し》の終曲は、音に深みも増し、唯々見事というしかない演奏であった。 飯野は前回より明らかに音楽的深みを増している。今後が楽しみなピアニストである。(1月16日 すみだトリフォニー小ホール)〈佐野光司氏〉

2008年8月号 月刊「音楽の友」誌

パリで長年研鑽を積んだ飯野明日香のピアノ・リサイタルを聴いた。メシアンの生誕100年を記念して、メシアンとその仲間たちといった内容で、デュティユー、ジョリヴェ、ブーレーズ、ミュライユ、ティエリ・エスケシュなどの全8曲が演奏された。 演奏の中身は非常に濃いもので、また技巧的に難解なもので埋まっていたのが、このピアニストの非凡な才能を示している。彼女の演奏の基本は、ダイナミズムの多様性と、多彩な音色彩ヘの配慮にある。従って「色聴覚」を持っていたメシアンの作品になると非常に活々と輝き、《鳥のカタログ》の中の1曲ではややテンポを遅めにとって、鳥と色彩を浮かせるように演奏していた。一方、ブーレーズの《アンシーズ》はまったくのヴィルトゥオジティを全開させた演奏で、聴き手を圧倒した。特に圧巻だったのは、最後のメシアン《幼子イエズスに注ぐ20のまなざし》の第10曲の演奏で、飯野の真価はこうした作品で最も発揮されるが、フレージングへのより深い洞察が加わると、より高みに達するピアニストだと思う。(6月22日 JTアートホール・アフィニス)〈佐野光司氏〉

2007年2月号 月刊「音楽の友」誌

「コンサート・ベストテン2006」に選出

2007年1月号 月刊「音楽の友」

現代ピアノ音楽の奏者にまた新鋭が現れた。「柴田南雄・武満徹とその周辺」の題したリサイタルで、タイトルの作曲家のほか、シュトックハウゼン、佐藤聰明、メシアンなど、現代曲を12曲盛り込んだ意欲的なリサイタルである。飯野明日香は経歴を見ると、パリ音楽院で学び、ヨーロッパ各地のコンクールに入賞して、2005年に帰国したばかりの俊英。これほど音楽の内容・様式の異なった作品を取り上げるのも珍しい。彼女の演奏で特筆すべきことは、そのテクニックの確かさと、音質のクリアな響きだろう。最後に演奏したメシアンの《幼子イエズスにそそぐ20のまなざし》からの2曲に、それは最も見事に現れていた。この演奏会で面白いのはシュトックハウゼンの歴史的な不確定性の作品《ピアノ曲XI》や、武満徹の最初期の《ロマンス》(1948)、坂本龍一の学生時代の曲など、演奏される機会の少ない曲を取り上げていたことだ。武満作品における演奏には、単に武満トーンをたゆたうように演ずることで満足することなく、いくぶんアグレッシブに弾くことで、武満に新たな光を当てたかに思えた。佐藤の《星の門》の演奏は、静謐な内容と、音の余韻の意味付け、そして緊張力の持続など、超絶技巧とは対極にある作品をも、そこに現出してみせた。柴田南雄の《インプロヴィゼーション第2》を優れた演奏で聴くのも初演以来である。またシュトックハウゼンの曲も、その後の音楽史を変えた意義ある作品だが、ここ数十年も取り上げるピアニストはいなかった。この問題作は、技巧だけでなく音楽創造の能力が奏者に要求されるためか、手を出すピアニストは限られている。それに挑戦するところに飯野の新しい感性と意気込みを感ずる。日本のピアニストは現代曲に武満を入れることで満足しているかにみえる。だが、柴田南雄・佐藤聰明など、ピアノ音楽としても魅力ある作品がまだほかに多くあることを知らせた演奏会であった。(11月27日 ムジカーサ)〈佐野光司氏〉

2017年9月号 月刊「Mostly Classic」誌

2017年8月号 月刊「ぶらあぼ」誌

2017年8月 月刊「レコード芸術」誌

2017年7月号 月刊「ショパン」誌

2017年7月20日 読売新聞

2017年6月号 月刊「ぶらあぼ」誌

2014年5月 読売新聞

2015年1月号 月刊「レコード芸術」誌

2014年5月号 月刊「レコード芸術」誌 -特選盤-

12人の現代フランスの作曲家による12作品が収録されているが、このうち戦前の生まれは3人のみ。聴いてまず印象に残るのは飯野の音のクリアな響きと、一音の齟齬もない技巧的な確かさである。どの曲もそれぞれ個性的で面白く、作品は聴いたことのないものが多いため楽しめたが、小曲を12曲とは選曲に工夫が欲しい。また演奏の巧みさ、譜面の読みの深さによっているところも多いように思う。ジョラスの曲など、意図的にバラバラにされた構成を演奏解釈の巧みさで補っている。
印象的な曲としてはミュライユの《別離の鐘、微笑み‐オリヴィエ・メシアンの思い出に》(1992)で、ゆったりとした鐘を思わせる和音で開始。たゆたう響きにミュライユの音響が豊に響く。ブーレーズ《天体暦の1ページ》(2005)での冒頭の高音に向かって素早く運動する響きは美しい。飯野のピアノの響きの特徴でもある。音事象の多様な変化の過程が巧みに配置されている曲だが、そこを見事に弾き分けている。ジュラール・ペソン《スペインのフォリア》(97)高音部での音の連打や、様々な音域から発せられる打音が面白い。他にエディト・カナ=ド=シジー、ティエリー・エスケシュなど、挙げるときりがない。
飯野の演奏は躍動する音たちの輝きが美しく、柔らかさと激しさの対照性を活き活きと表わす。音色的な多彩さが以前以上に豊になり、音楽に深みを与えることに成功している。〈佐野光司氏〉

肩の凝らない「フランスの現在」である。1990年代から2000年代までの12曲。著名なひとから、日本では馴染みのない顔ぶれまで、このあたりの作品をまとめて聴くことはなかなかできないから、このなかの作品を含めた3月の東京文化会館での演奏会ともども、いい仕事をしている。全体を通じて、不協和に傾いた、いわゆる耳障りな響きの作品ではなく、聴いてある程度心地よいソノリティの追究を、各作曲家が自らの語法との突合せと、ピアノという楽器の技法的性格に照らし合わせながら行っているという印象だ。現代作品集を聴いているという、特別な感覚なくして聴くことのできる作品が集められている。メシアンをもう少し倍音列に敏感にして作り直したようなミュライユ。ドビュッシー風に始まり、ソナタ時代に比べてフュギュレーションを明らかに華麗にしながらも、一定の流れを作ることを嫌い、素材の切り詰めのなかで多様性を出そうとしているブーレーズ。次第に音楽を拡散していくデュサパン。1曲ごとにさまざまなスタイルを自在に盛り込んで、曲集としての古典的変化を作っているタンギー等々。カンポのように、ひとつの着想を手を替え品を替え、延々と続けていくような作品が「武満徹へのオマージュ」をいう副題を持つのには、ちょっと微笑んでしまう。もちろん皮肉な意味はないのだろうが。飯野のピアノは洗練されたタッチで、華美と抒情と静謐に傾いた「現在」を克明に描いている。〈長木誠司氏〉

〔録音評〕2014年の1月、東京・ヤマハホールでの録音。カメラータ・レーベルの標準となっている無指向性マイク2本のみでの収録で、ピアノの実音と会場の響きがきれいにバランスして聞こえる。マイクのキャラクターか、高域にいくぶんきらびやかすぎるポイントを感じることもあるが、それも収録されている作品群とマッチしているとも言え、仕上がりはとてもよい。〈峰尾昌男氏〉

2014年4月17日(木)読売新聞紙 夕刊 -特選盤-

まず狙いがいい。最先端のフランスの現代音楽をまるでポップスのアルバムのように12曲並べるという構成。大御所ブーレーズから1974年生まれのマントヴァーニまで、それぞれに個性的ながら、しかしフランス風のソノリテ(響き)という意味で共通した音楽である。 飯野明日香のピアノは、これらを猫のように機敏に、ハープの残響のような繊細さとカリッとクリスピーな音色を使い分けながら、鮮やかに処理していく。ジャケットのアートワークのセンスの良さなども含めて、むしろ今までは現代音楽はちょっと………と敬遠していた人にこそ薦めたい。〈沼野雄司氏〉

2014年4月14日(月)朝日新聞紙 夕刊 -推薦盤-

花火かネオンか。フランスのピアノ音楽ならではの光と影の瞬間的明滅。そこを飯野が鮮やかにとらえる。ピンぼけなし。濁らずクリア。暗い響きも超高性能の暗視カメラのように鮮明に。名アンソロジーの誕生。〈片山杜秀氏〉

2014年5月号 音楽の友 今月の注目盤

先にリリースされた「一柳慧ピアノ作品集」で注目された飯野明日香が、得意とするフランス現代のピアノ曲に焦点を当てた「フランス・ナウ」[CT-CMCD28302]をリリースした。ミュライユ、ブーレーズ、デュサパン、タンギー、アミ、マントヴァーニなど現代の12人の作曲家に焦点をあてたプログラムである。透明度の高い、クリスタルのような音が各作品を生き生きと歌っており、耳を快く刺激する。美しい、感性を刺激してやまないアルバムである。

<諸石幸生氏>

2012年12月号 月刊「レコード芸術」誌 -特選盤-

一柳慧は自身がピアニストであるので、ピアノ曲における技巧的な構成が実に上手い。ピアノによる表現が巧みなのだ。そして飯野明日香の演奏は、それにますます磨きをかけて実に素晴らしい世界を拓いた。音の輝きが一粒一粒にいたるまで磨き抜かれた陰翳として伝わってくるのだ。7曲が入っているがいずれも見事な曲であり演奏である。
《限りなき湧水》(90) の静かに出る開始は、湧水の姿をみるかのような名演だ。録音の良さもあってかピアノの輝き、音のニュアンスの様々な姿の多彩さが浮き上がってくる。
一柳慧の作法のひとつに2つの異なった時間が並行して流れるというものがあり、それによる作品がいくつかある。《インター・コンツェルト》(87) の第1曲はその例だが、また第2曲〈静寂の彼方へ〉や《ピアノ・ポエム》(03) では、スタティックな時間を、動的な時間との対照の中で浮き上がらせており、佇む音、輝く音など音の様々な姿が聴かれる。《イン・メモリー・オヴ・ジョン・ゲージ》(93) など飯野の演奏では音がひとつひとつ異なった表情で現われ、その響きの落差に幻惑されるような気持になる。
2台ピアノの《パガニーニ・パーソナル》(82/2011) は指揮の岩城宏之に弾ける程度のマリンバ用の作品だったが、今回の2台ピアノ版は技巧的に著しく難しくなっており、編曲というより新曲だ。飯野と一柳の丁々発止の弾き合いも見事だ。〈佐野光司氏〉

一柳慧も来年傘寿を迎える。湯浅譲二と並んで年齢を感じさせない風貌からすると驚くべきことだが、9月には新作オペラの初演があり、また10月終わりにも河合拓治による一柳の《ピアノ音楽》の7曲連続演奏があったばかりで、このところ話題に事欠かない。河合が演奏したのは不確定性時代の1961年までの奔放きわまりない作品群であったが(あれはぜひなんらかの形でリリースしてはしいもの)、このCDにはそれをまさに補完するように、70年代以降、ミニマル作風に転じてからのこの作曲家のピアノ作品が集められている。全曲ではなく、《ピアノ・メディア》や《クラウド・アトラス》のような代表作が入っていないが (1枚だし)、四半世紀以上にわたる創作が俯瞰的に聴かれるのはまたとない企画であり機会だろう。一聴して惹かれるのは、飯野が一柳のソノリティを至極ていねいに音にしていること。曖昧さなく、研ぎ澄まされくっきりとした音像で紡がれる作品は、《タイム・シークエンス》のような疑似機械的な反復運動でも、《限りなき湧水》冒頭のようなメシアン的な低音と高音の対照性においても、常に硬質の詩情と乱反射する色光を産み出しており、むしろCD自体を現代曲ではなく、器楽曲担当の評者のように委ねたい誘惑に駆らせる。2台ピアノ用にアレンジをされた《パガニーニ・パーソナル》では、一柳自身も一方を担当しており、相変わらず達者な演奏を聴かせている。〈長木誠二氏〉

〔録音評〕ノイズ成分を全く感じさせないため、透明度が高く濁りのない響きの柔らかさを聴かせる。スタインウェイとベヒシュタインのふたつの楽器を使って収録されている。残響成分の透明度も高く十分な空間性も表現されているが、直接音のフォーカスが甘くなることはなく、明瞭な表現には多すぎず、少なすぎずの残響成分の質の高さが大きく貢献していると言えそうだ。〈石田善之氏〉

2012年11月12日(月)「朝日新聞」紙 夕刊 -推薦盤-

一柳慧:ピアノ作品集 飯野明日香(カメラータ)

現代曲だが身構えさせず、すがすがしい喜びと憩いの空間へと聴き手を誘う。パリで研鑽を重ねた飯野が生き生きと演奏、感動も初々しい。2台ピアノ版では作曲家自身と共演、笑みすら引き出している。〈諸石幸生氏〉

2012年12月号 月刊「音楽の友」誌 Disc Selection

一柳慧の「ピアノ作品集」〔CM-CMCD28269〕がリリースされた。美しい音を求め、美しい音の織物を編み出してきた作曲家といいたくなるほど、一柳のピアノ音楽の世界は詩的である。冴えわたる感性が織り成す世界は、聴き手の感受性もしなやかに解きほぐすかのようである。飯野明日香のピアノが共感にあふれており、使命感とともに喜びを感じさせるところがまたいい。〈諸石幸生氏〉

2012年12月号 月刊「ぶらあぼ」誌

磨かれた技巧と豊かな感性。近年、一柳慧作品の演奏で注目されているピアニストの飯野明日香が満を持してリリースした一枚である。作曲家自身が名ピアニストである一柳作品にはピアノを非常に多彩に聴かせる手法が貫かれているが、飯野は1970年代から2000年代までの一柳の作品世界を巧みに表現している。「タイム・シークエンス」のメカニカルな切れ味のよさ、「限りなき湧水」の多彩な響きの使い分けなど、聴きどころも多い。白眉は作曲家と共演した2台ピアノ版の「パガニーニ・パーソナル」。マリンバとピアノ版も名曲だが、2台ピアノの名作がまたひとつ加わったように思われた。〈伊藤制子氏〉